あらあら大変ね

いろいろです

貴方たちはいつでも私の味方だった

ナショナルシアターライブ「オーディエンス」を観てきました。

ヘレン・ミレンが映画「クイーン」に続いてエリザベス女王を演じて、今年のトニー賞主演女優賞を獲りました。

エリザベス女王と歴代の首相の謁見がテーマです。

演出はスティーブン・ダルドリー。「めぐりあう時間たち」や「リトルダンサー」の監督です。もともと舞台演出家。でも舞台を見るのは初めて!

f:id:yhtorod:20150807200954j:plain

あらすじ:女王様をしていたら60年経ってました

ひとこと:守り守られ貴方と私

 

「クイーン」はBSでやってた時に観ていたんだけどその日眠くて途中で寝た記憶……見直します後日。

 

イギリスでは毎週火曜日にエリザベス女王と首相が謁見をします。チャーチル曰く首相が最近の出来事、政治外交等の報告をして陛下は聞いてメモだけとっておいてね、だそうです。正式な行事という訳ではなく、あくまでプライベートな色合いが強いようでブレア元首相以外は特に公表せず、脚本家が資料に基づき妄想した会話劇です。

 

セットはほぼその謁見室と、そこにある黄色い布張りの椅子。

執事頭の人が口上を述べ時代が変わります。途中1回だけ別荘の城になるのですが。

時々、女王は自分の中にいる少女の頃の自分と話します。弟が出来て自分が王位を次ぐことをお祈りしたり、どこへ行くにも護衛がつくのに嫌気が差していたり、自分の将来に対してあくまで対立している頃の自分と。

あとは首相たちが入れ替わり立ち代り現れます。ヘレン・ミレンはほぼ2時間出ずっぱり!すごい!

 

エリザベス女王は在位60年を越えて12人の首相と話して来ました。

女王「まあそろそろ13人目になっちゃうかもしれないねえ記録更新かなあ」みたいなことをキャメロン首相(役です)に言ったりします。女王はとってもお茶目でお喋り上手、かつ聞き上手です。歴代の首相が沢山出てくるのですが時系列順という訳ではありません。

最初はメージャー(1995年)→チャーチル(即位直後)→ウィルソン→メージャー(1992年ダイアナ妃暴露本出版時)かブラウン……この辺りからごちゃごちゃ、いっぱいいるので 2幕でイーデン(第3次中東戦争?)やサッチャーが出てきた。

相手が変わる都度女王は若返ったり歳をとったりします。衣装やカツラが早替えでそれを表現しています。これがまあ女王そっくり。ヘレン・ミレンも自在に年齢を変幻するのがすごかった。ずっと出ずっぱりで一本の人生を生きながら行ったり来たりしている。

 

でずっぱりのヘレン・ミレンに負けないのが個性豊かな首相たちです。マーガレットに監視されていると訴えるメージャー、尊大なチャーチルオバマ大統領に距離を置かれていると嘆くブラウン、明日戦争が始まることを報告に来るイーデン、同い年かつ同性で前向きで強引で、でも一つの家族の女性でもある鉄の女マーガレット・サッチャー。フィクションのサッチャーってホント嫌われてるよねえ、よっぽどひどかったんだねえ。

一人だけ忘れられちゃってた人誰だっけ、忘れちゃったゴメンネ。ヒースだったかキャラハンだったか。女王も忘れてたからいいか。

 

よく日本と似ていると引き合いに出されますが、英国は立憲君主制「国王は君臨すれども統治せず」です。みんな世界史・政治経済でやったよな!やってなかったら未履修だから高校からやり直そう!

ゆえに女王は常に最終的に首相の意見を最善の、全幅の信頼を寄せるものとして対応しなければなりません。首相の政治は正しいというお墨付きをあげる訳ですね。

実際はイーデンに「戦争を回避出来ないか」とかサッチャーに「南アフリカに制裁を与えるべきだ」と反論はしますが、最後には必ず「貴方の選択を最良のものと信じ応援します」と答える。

じゃあ何のためにいるの女王?要らないじゃん?と日本だとなりがちなんですが、途中の脚本家のインタビューで言われているとおりセラピストと患者の関係に似ている。

すぐ忘れられますが、首相といえど一人の人間です。

国家の舵を取らねばならない人を勇気づけるのは、神に愛される女王陛下しかいらっしゃらないのですね。まあ首相を務める政治家というのはそんな軟弱な神経の人では務まらないし、したたかな女王は勇気づけるだけじゃあないし、女王も無私の存在である立場に悩んだりもする。女王も一人の人間だから、意見や意思は勿論ある。けれど女王はいつも最後には、首相の味方なのです。

それは君主と首相という「立場」が強制的に作り出した関係かもしれないけれど、「立場」だけだったら何も生まれないと思うのよ。無私を強いられる彼らは、それでも人間としてのやりとりをしようと足掻いている。

 

それは女王から観た首相も同じ、最後に少女の自分に諭すように言います。

「私が女王でいられたのは、首相たちがいたからよ」と。その時二人の背景に、歴代の首相たちがナイトのようにずらっと控え並んでいるのが見えて幕。カッコよすぎるだろ!!

 

ところでラストシーンの前に、キャメロン首相(役)が尋ねます。

「今までの首相の中にお気に入りはいましたか?」と。勿論、女王は素直に答えません。本当はいたのですが。

 

世界史ではあんまりメジャーな首相じゃないように思いますが、ウィルソン首相のシーンのみ3回あります。

ウィルソン首相はまず最初の謁見で「育ちも悪くて知的でもない自分が選ばれてすみませんねえ」と言いつつ、親に送るから女王に記念撮影をしてくれと言います。心はぴょんぴょんしてるんじゃ!この時の女王の印象はどうも最悪だったようで通常20分のところを16分で謁見を切り上げます。

しかし次のシーンではウィルソン首相に映像記憶の特技があると分かります。円周率も100桁くらい言えます。嬉々として能力を試す女王。可愛いです。食堂まで1時間かかる別荘のお城ですが5分で本を持ってこさせてテストします。偶然にもそのページに王室批判が書いてあって大爆笑。あと大雨でもピクニックに行きます。イギリス王室なので生コーギーも登場します。ベルベル走ってた!全編通して一番プライベートなシーンです。

そして最後、キャメロン首相に↑の質問をされたあと、再びウィルソン首相が出てきます。首相を辞任するつもりだと、まだ家族にも言っていないがアルツハイマーの兆候が出ていることを女王に報告します。*1

暗記力が自慢だったウィルソン首相は、先週死んだ議員の名前も思い出せないと言います。最後に女王は「辞任前に食事会に招いてください」とウィルソンに言う。

チャーチル以来の光栄ですね」と、ウィルソンが答えることで女王のお気に入りだった首相が誰か分かる。

 

女王がウィルソンを好んだ理由は何だったのかなあと思ったんですが、私なりに考えてみたけれど彼だけが首相たちの中で自分の立場の「居心地の悪さ」を飾らずに伝えて見せたところなのかなと。でもそれじゃあ単純すぎるかな。「自分も居心地が悪いから」だけでいいのかな?二人ともその居心地の悪さの中で戦ったからかな?

このウィルソン首相の話と、最近亡くなったサッチャー首相のことを、たった一言「同い年だったのよ」とた言うだけで、一抹のさみしさを残すところはすごい脚本でした。

 

幕間に衣装製作のドキュメンタリーがありました。ヘレン・ミレン70歳ですって。70歳。物凄くキュートでカッコイイ。化物だ……

f:id:yhtorod:20150807201629j:plain

この画像も出てきました。

衣装さんは実際に女王のお召し物と全く同じ素材で衣装を作ったり、女王と同じ体型に見えるように工夫したりしているそうです。

うーん、ピンクが似合うおばあちゃんになりたいですね。ヘレン・ミレンもピンクのワンピース着てて似合ってた!

 

あと私は世界史を勉強していてよかったなあと久々に思いました。昔取った杵柄役に立つ。勉強し直したい!

 

あと、今在位している女王様を題材にした芝居をゲラゲラ笑いながら見られるお国柄はちょっと羨ましいですね。今年のオリヴィエ賞は「チャールズ3世」(もうタイトルで笑うところ)で写真見てとあらすじだけ読んだが、あんまり言いたくないけどやっぱり「日本ではありえない」のね。

右とか左とかどうでもよくて、今の日本はちょっと窮屈だな。窮屈というか物凄くいろんなことがウェット。じめじめしてる。もうちょっとドライでもいいんでないのかなあ。

*1:突然の辞任で、アルツハイマーだったことは1995年まで公表されなかった